【第151話】立ち位置の疑問、無情な門前払い
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「……まぁ、大方そんなところだ。」
「エンビ……。」
自らの取り戻した記憶を話し終え、ため息をつくエンビ。
そのあまりに壮絶な過去に、ジャックはかける言葉を見失う。
「過去の出来事からは、絶対に逃れられない。『大切な人を失った』という事実は、生きている限り、ずっと背負っていくことになる。」
「……。」
「だがその覚悟はとても重く、背負うのはとても辛いことだ。」
「……あぁ、わかってるよ。」
そう、ジャックだって分かっている。
彼もその我儘さから、自らの相棒であるサンドを死に至らしめたのだから。
その覚悟は中々決まらないものだ。
ましてやお嬢にとって、その喪失は初めての出来事なのだから。
「俺も出来る限りのことは協力する。トレンチがああなったのには、俺にだって責任がないわけじゃないからな。」
「……だが、協力って……一体どうやって?」
ジャックが疑問符を浮かべた……その直後であった。
遠くの玄関口から、アフロとサスペンダーの男が近づいてくる。
……ミチユキだ。
「ちわーっす。エンビさんっすかね。時間になったんでー……参りました。」
彼は片手をポケットに突っ込みながら、気だるそうに歩いてくる。
そのうんざりした表情の理由は、肩に乗っているポケモンだった。
「まねっ!!まねねねまねっ!!」
「ま。マネネ!?」
なんと彼の肩の上には、あのマネネがしがみついていたのである。
「だーー痛ぇっつの……俺の1時間かけてセットしたアフロを引っ張るなって……」
「まねねねねね!!」
何やら怒っているような、訴えかけているような……そんな調子であった。
いつもの穏やかで大人しい様子とは違いすぎる。
見かねたジャックが、そっとマネネ抱きとめるように引き取った。
「まねねね!!」
「あー、悪いっすね。なんか俺を見るなり急に怒って近づいてきまして……なんか嫌われることでもしたんすかね……。」
乱れたアフロを修正しながら、ミチユキは視線を移す。
「……んで、そこのミイラ化した車椅子の御仁が、エンビさんで?」
「あぁ、そうだ。例の一件だが、街の外れの噴水広場でいいか?」
「良いっすけど……その身体で本当に大丈夫なんすかね?」
怪訝そうな様子で尋ねる彼に、エンビは迷わず返事をする。
「気にするな。それにこの話は、お前らにとっても好都合なはずだ。」
「はぁ……まぁそうっすけど。じゃあ行きましょっか。あぁ、車椅子……押しますよ。」
こうして2人は指示語だけで会話を終わらせると、そのまま踵を返して背を向けた。
が、その間際。
エンビが車椅子越しに振り返ってくる。
「……あ、そうだ。ジャック、お前に言いたいことがある。」
「……?」
「お前は自分が『何者』かを思い出せ。そうしたらきっと分かるはずだ。」
自らを指差してくるエンビに、ジャックは困惑する。
「わ……分かる?」
「……お前がトレンチに出来ることが、な。」
それだけを言い残し、ミチユキと共に中庭を後にしたのであった。
「俺が……何者か……?」
「まね……」
悩み考えるジャックの顔を、抱かれたマネネが覗き込む。
「過去の出来事は……変えられない……」
それはエンビの言葉……そして彼らが受け入れなければいけない事実。
一体何をすれば、お嬢に前を向かせることが出来るのか。
この無情な過去と現実を、認めてもらえるのだろうか……
ーーーーー場所は変わって、タントシティにあるオフィスビルの一角。
中小音楽事務所「レザーミュージック」の社長室にて。
「お願いッ!!」
大きな声とともに深々と頭を下げる、スポーティスタイルの少女がひとり。
ハオリだ。
「……駄目です。」
しかしそこに冷徹に返すのは、歳の割に高めな社長の声……パーカーのものだった。
そう……このレザーミュージックは、イジョウナ地方最強のジムリーダー・パーカーが経営する音楽事務所なのだ。
彼女はかつて芸能界で名を馳せた敏腕プロデューサーであり、今では自社を立ち上げてしまうほどのキャリアウーマンなのである。
彼女はあくまで手元の書類を処理しつつ、懇願するハオリと対話する。
しかしその表情は、いつも以上に厳しいものであった。
「お願いしますッ!タントジムに……Pのジムに挑戦させて!!」
「何度言われても答えは同じです。最初に約束したでしょう?」
目を通した書類を畳んでファイルにしまいながら、パーカーは続ける。
「確かに、貴方をこのイジョウナ地方の旅に送り出したのは私です。ですが条件を付けましたよね?『私以外のジム5箇所でバッジを集めてこい』と。」
「そりゃ、そうだけど……」
「セラさんから聞きましたよ。最近、連敗続きだそうですね。スネムリに訪れてから、明らかに様子が変だと。」
「ッ……!!」
パーカーの言う通り。
ハオリはお嬢に負けてスエットへの挑戦権を失って以降、多くのジムを巡ってきた。
……が、その結果は尽く敗北。
セラのいるロメロジムでの敗北に加え、更に加えてもう1件のジムでも惨敗を喫したのだ。
MA-Ⅰへの勝利は未だに認可されてないこと……そしてイジョウナ地方のジムの再チャレンジは原則1年以上認められないこと。
以上のことから、ハオリは追い詰められていた。
……彼女はあと1戦でも負けると、リーグへの挑戦権を獲得できなくなる。
リーグ出場のためには、イジョウナ地方に残る3つのジムに全て挑戦し、余すこと無く勝利しなくてはならない。
そのため、ハオリはこうしてパーカーに挑戦せざるを得なくなっていたのである。
「貴方がその状況に陥ったのは、ただ単に力不足だからです。私の知ったことではありません。」
「でも……」
「『でも』じゃありません。お引取りください。」
「ッ………。」
「聞こえませんでしたか?お引取りくださいと言ったのです。」
必要以上に厳しいその語気に、ハオリは返す言葉も無くなってしまった。
そのまま……社長室から逃げるように帰るしかなかったのだ。
肩を落としてビルを出るハオリ。
「はぁーーーー駄目か……。」
その口からは、柄にも無く大きなため息が漏れ出す。
なんとしてもこのジムに挑まなくてはいけないのに、彼女にはそれが出来ないのだ。
あまりに気落ちしているからか、彼女の足取りはどこか重たい。
そのせいだろうか……出口付近の曲がり角で人にぶつかってしまったのは。
「……っと、すみませ……ん?」
「いや、こちらこ……あれ?」
衝突した両者は、互いに顔を見合わせる。
ハオリが目にした人物とは……
「あれ!?お、お兄さん!?どうしてここに!?」
「アンタは確か……ハオリ、だっけか?」
そう、ジャックであった。
「久しぶり……ってか、雰囲気変わった?髪も染め直してるし……」
「あ、あぁ……これは……」
ジャックは経緯を説明しようとする。
だが彼女は知らないのだ。
虚無の極点に消え、存在ごと抹消されたブリザポスのことを。
だから認識としては、単純にイメチェンをした程度に思っているのだろう。
「……まぁ、ただの気分だよ。」
「ふーん……」
「そんなことより、アンタも随分落ち込んでるみたいじゃないか。」
「ハハハ、バレちゃうかー。」
そう言いつつ目を逸らすハオリ。
微笑んで入るが、目は笑っていなかった。
「……そうだ、久しぶりに食事でもどうだ。少し早めの夕食になるが……」
「え、でもお兄さんも……用があって此処に来たんじゃないの?それにトレちんも入院してるのに……」
「お嬢様なら、今はマネネが付いている。それに……」
「それに?」
「……俺が居ても居なくても、大して変わらないさ。今の俺じゃあ……な。」
彼の顔もまたハオリと同じく……どこか乾いた笑いしか浮かんでいない。
「ま……その分じゃお互いに詰まる話がありそうだね。いいよ、その話乗った。お兄さんの奢りね。」